【粗相の記憶】第2話:お迎え

【シリーズ】粗相の記憶

あのお客さんまでで終わりかな・・・・

14時を過ぎた店内には、ゆっくりと咀嚼する初老の男性だけが残っていた。近くの会社の重役さんなのだが、庶民的な方でよくうちの店を利用してくれる常連さん。
あまり話をしたことはないけど・・・。
あの男性が片付いたら休憩に入るか。
食事を終えた男性が、レジを呼ぶ。
お客さんが減って以降、店は僕とバイトの二人体制だが、14時を迎えたところでバイトの子には上がってもらっていた。

「いや~、今日は昼食とれないかと思ってたけど、助かったよ」

はじめて男性の声を聞いた。
このお客さんで最後だ。少しくらい話に付き合ってみるか。

「今日、経営コンサルタントさんとの約束があったんだけど、急にこれなくなってしまったみたいでね。若いけどなかなかやり手の方なんだよ。だから、急に来られなくなってびっくりしたよ」

愛想笑いで返事をする。
笑いながらお会計を終え、男性は店内を後にした。
改めて開店前の出来事を振り返る。

「準備中」の札を出し、入り口に鍵をかける

自宅でもある店舗の2階に上がり、自分の部屋に干していたものを改めてまじまじと眺めた。

初めて見たのは確か・・・

僕がまだ小さいころ。

確か、小学2年生くらいの頃だったと思う。

母と二人で、妹を保育園に迎えに行ったときだった。同じタイミングでお迎えにきていた他の子のママさんは車から降りると血相を変えて園内に駆けて行き、僕らを追い抜いて行った。
だが、園の門を超えたところで、その足は突然止まった。

ママさんの履いていたジーンズがお尻から濡れていく。

僕と母は、その一部始終に驚いていた。

我に返ったママさんは、来ていたパーカーを腰に巻いて、保育士の先生に迎えに来たことを告げ、先生が手を引いて連れてきた我が子を抱きかかえると、一度も僕らには目を向けずに急いで帰っていった。

ママさんが立っていた場所に大きな水たまりが残っていた。

「お母さん、さっきのお母さん、おもらししてたよ。大人もおもらししちゃうの?」

母は困ったような顔をしたが、

「・・・大人はね、おもらしはしないの。
 さっきのお母さんは、持ってたお茶をこぼしちゃっただけだからね。だから、だれにも言っちゃダメなんだよ」

今思えば論理が破綻しまくっているし、当時の時点で大人の嘘だということもわかっていた。だが、

“これ以上触れてはいけない” 

と本能的に察知し、それ以降、話題にすることはなかった。
その日から、どれくらいが過ぎたかは覚えていないが、あの時のママさんともう一度だけ、お迎えのタイミングが重なった時があった。
その時のママさんは普通にしていた。
平常心のママさんを見るのは初めてだったが、スタイルの良い綺麗な方だった。
声には出さなかったが、

「あんな綺麗な人が、大人になってもおもらししちゃうんだな」

と思っていた。
保育士の先生が、ママさんの娘を連れてきた。
娘さんの様子が少しおかしい。
保育園のかばんとは別に、ビニール袋を持っている。

「ママ―、おもらししちゃったー」

照れるように自身のおもらしをカミングアウトする娘。
ママさんは保育士の先生に謝っているような感じだったが帰り際、

「でも、ママもこの前、おもらししてたもんね」

急な娘のカミングアウトに、ママさんは娘の手を強くひいて、いそいそとその場を後にしていく。

僕は“おもらし母娘”の背中を僕はずっと眺めていた。

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