小学4年時の担任の先生は、若いイケメンの先生だった。
人気だったジャニーズタレントや若手俳優の影響からか、
当時の若い男性の間では肩にかかるくらいの長さになる髪型が流行っており、
担任の先生も、「教師」という職業には沿わないややロングで茶髪の先生だった。
だが、端正な顔立ちにその髪型はよく似合っていた。
また、先生は大の子ども好きであることが、日ごろの接し方からわかってくる。
休み時間や昼休みには、よく生徒に交じって一緒に遊んでくれていた。
ある日の学級活動の時間、うちのクラスは取り組みが遅れていたようで、
先生は生徒の決定を急かしていた。
そんな折に、私はある点が気になって先生に質問した。
気が急いでいた先生は「今聞くことじゃない!!」とクラス全員が見ている中、
私に一喝する。私も、周囲の子たちも言葉を失う。
その日の放課後、私は先生に教室に残るように言われた。
私は学級活動中に口を挟んだ件で改めて怒られるものだと思った。
先生からの呼び出しを忘れたふりをして帰ってしまおうか。
逃げたい気持ちが強かったが、覚悟を決めて残っていた。
帰りのホームルームを終えた先生が、怯えている私にやわらかな笑顔で近づく。
私の正面に立った先生は、真面目な顔になり、
「今日はごめんね。僕が焦ってしまってた。
急がなきゃって気持ちが強すぎて、○○の大切な意見を台無しにしてまったね。
本当にごめん。明日の1時間目の授業は学級活動に代えるから、
○○の意見を取り入れるか、もう一度みんなで話し合う時間にしようね」
と、私にゆっくりと話しかけてくれる。
たとえ相手が子どもであっても、自分が悪いと思うことはしっかりと謝り、相手を尊重してくれる。
そんな顔も心もイケメンな先生だったから、男女問わずクラスのみんな、
先生のことが大好きだった。
クラスの中にみんなから“かんちゃん”と呼ばれる女の子がいた。
小柄だが、ショートカットでとても元気のいい子。
毎朝のホームルームでは先生の「おはよう」の声に大きな声で返事をする。
昼休みにサッカーやドッジボールをするときなども積極的に参加し、全力で走り回る。何かおかしなことが起こると誰よりもよく笑っていた。
ボーイッシュな見た目だが、男勝りというわけではない。
誰にでも笑顔で明るく話をし、みんなと調和をとることができる。
分け隔てなくみんなに元気を与えてくれる子だった。
そんな子だが、かんちゃんはクラスの中心人物というわけでもなかった。
振り返ってみると、あのクラスには特定の中心人物はいなかった。
リーダーとなるような子はいないが、それでいて、みんなが仲良く過ごす。
対等で調和のとれる生徒たちが集まったクラス。
先生も生徒も、本当によくまとまったクラスだったのではないかと思う。
先生は多趣味だった。
音楽の時間に歌を歌うときは、先生のギターが伴奏となる。
体育の時間には、「空手では体をこう使う」と、バスケをするときでも、
気づけば空手談義が始まっている。
「昨日奥さんとカレーを作った」などの「奥さん愛してます話」をホームルーム時にすることは当たり前だ。
先生の趣味のひとつが写真だった。
図工の時間に先生の撮影した風景写真が全員に配られて、それを真似して絵を描くこともあった。
子どもが大好きで、写真が好き。
そんな担任のクラスでは、クラス写真を撮る機会もかなり多かった。
社会科見学や運動会、文化祭やクラスのクリスマス会などのイベントの時はもちろん。
理科の授業で校庭の植物見学を行ったときや、
体育のマラソンで全員が完走したときなど、
ことあるごとにクラス写真は撮影された。
そして、先生は思い出としてみんなに共有してくれる。
今になるとわかるが、業務で不要なことに関して経費はおりない。
しかも当時は家庭用プリンターなどまだまだ普及していない時代だ。
先生は自費で写真を焼き増し、クラスの全生徒に写真を配ってくれていた。
クラスメイトの数人はクラス写真専用のアルバムを作っており、
日ごろ学校での様子がわからない保護者も、先生にはかなり感謝していた。
私の母親なんかはわざわざ焼き増し代を払うと先生に電話を入れたくらいだった。
学校から1kmほど離れたところに、周囲を多くの木で囲まれた公園がある。
この日は授業の一環でこの公園に来ている。
理科だったか、社会だったか、何の教科かは覚えていないが
クラス全員で汗をかきながら、公園で活動をしていた。
なにかしらの活動をしながら、公園にそびえ立つ時計に目を配る。
活動終了の予定時間が近づいている。
担任の先生から集合の号令がかかる。
事前に知らされてはいないが、クラスのみんなにはこの後何をするかはわかる。
予想通りに、私たちは指定された砂場の前に3列に並んだ。
前列に並んだ子たちはしゃがみ、2列目の子たちは中腰。
後列の子の中には背伸びをしている子もいた。
カメラを三脚にセットし、先生も列に加わる。
笑顔で子どもたちを整列させ、カメラに向けてリモコンでシャッターを切る。
そうして授業は終わり、私たちは校舎に戻った。
数日後、朝のホームルームの時間に、公園で撮影した写真がクラスの全員に配布された。
みんな自分がどんな風に映っているか、
仲のいい子がどんなふざけた顔をしているかなどを確認している。
成長が早く、他の子たちと比べて背の高かった私は、
クラス写真を撮る際には最後列に並ぶようにしていた。
私はまず、自分の写真写りを確認する。
・・・ん~。今回もイマイチだ。
幼少期から性格的には明るい方であり、男女関係なく話すこともできたが、
写真だけはずっと苦手だった。
どうしても目の奥が緊張している、不自然な笑顔になってしまう。
私の隣には仲のいいひかる君とゆうき君がいる。
なんでこの二人はこんなにも自然な笑顔がつくれるのだろうか。
疑問でしかたなかった。
2列目に視線をうつす。クラスイチのおちゃらけ者のやすあきが
隣の子に向けて変顔のようなことをしているが、残念ながら写真には写っていない。
やすあきのお母さんはどんな気持ちでこの写真を見るのだろう。
私が好きだった子も2列目に並んでいる。この写真も可愛い。
ちゃんと保管しておかなくてはな。
そして最前列。クラス内で背の低い子たちが多くなる。
どうせ全員しゃがむのだから、今思えば身長なんか関係ないのだが。
最前列の中で、ひときわ元気で輝くような笑顔で写真に写る子がいた。
かんちゃんだ。白い歯がしっかりと見える“ニカっ”という擬音が
そのまま当てはまるほどに口を開いている。
普段はパッチリとしている目も、横に細く、少し垂れ下がる。
このことを笑顔というのだろう。
ホームルームが終わり先生が職員室に戻る。
私は眺めていた写真をクリアファイルにしまおうとした。
教室内の一角で、写真を見ながらこそこそと話す様子がうかがえた。
漏れ聞こえるその声に反応した子が写真を確認し、またこそっと隣の子に伝える。
そうして伝播した声はとうとう私のもとにも届いた。
「わー。かんちゃん、やばいじゃん」
友達に告げられた言葉を受け、私も急いで写真を確認する。
見落としていた。
誰よりも輝く笑顔。
白い歯がまぶしい笑顔。
その笑顔よりももう少し下にはTシャツ、さらに下には・・・・
真っ白な輝き。
歯よりも真っ白な輝きが、それまでにない衝撃を与える。
最前列の子たちはみんなしゃがんで写真に写っている。
女の子も何人かいるが、まりちゃんのように体が正面を向いていなかったり、
スカートのすそやノートでうまいこと隠れていた。
かんちゃんだけは、カメラに真正面となり、真っ白に輝く三角地帯を露わにしていた。
かんちゃんは普段から元気な子だ。
活発に走りまわることも多く、スカートがめくれ上がることもあった。
走り疲れて突然しゃがみ込むこともあった。
そんなかんちゃんだからこそ、
私もなんどかめくれ上がったわずか一瞬を、
しゃがみ込んだ数秒間を目撃していた。
その時間も、かんちゃんはいつも笑顔だった。
その笑顔とパンツが、とうとう写真というかたちに残ってしまった。
これまでは私の脳内にしか残っていなかったイメージ。
そのイメージは写真としてかたちになり、紛失しない限り、
半永久的にかんちゃんの笑顔とパンツを見続けられる。
「やばいよねー。なんか恥ずかしいなー」
みんなのこそこそ話に気づいたかんちゃんが、
いつものように笑顔で発した言葉には、
“みんな、あんまり見ないでね”
の意味を暗に込めたかのように、普段よりも大きな声で教室中の全員に向けられた。
私は帰宅後に、この写真を親に見せることはできなかった。
その後も、かんちゃんは元気に校庭を走り回っていた。
でも、写真が配布された日を境に、
走りまわっても、何秒しゃがみこんでも、
そのスカートからパンツが見えることはなくなった。
外に出るときには体育で使う短パンを履くようになっていた。
パンチラは教室内でふいにしゃがみ込んだ時などに限られてしまった。
ただ、変わらいないものもある。
かんちゃんは誰に対たいしても輝くような笑顔を向けてくれていた。
あの写真を撮影してしまったイケメン先生にも。
毎日のように写真を見返しては、何度もテントを張っている私にも。
私の通っていた小学校では、3年生・5年生に学年が上がるときにクラス替えが行われる。
3学期の学級活動の時間は、2年間ともに過ごしたみんなに向けた学級文集作成だった。
<クラス内ランキング>
・一番元気な子は?
・足が速い人は?
・忘れ物が多い人は?
<将来の夢>
・野球選手 僕は将来大きくなったら・・・。・・・・。
・看護婦さん 私はやさしい看護婦さんになって・・・。・・・。
・警察官 警察官はかっこいい仕事で・・・。・・・。
<クラスでの思い出>
・運動会
・クリスマス会
・先生のギター
<みんなにあいさつ>
・クラスがかわっても仲良くしてね。
・来年、背が伸びてるからびっくりするな。
・2年間、ありがとう
いろんな項目をまとめたクラス文集の後半に、
この1年間で撮りためた写真たちが掲載された。
時系列順に、丁寧にまとめられた写真をながめる。
小学4年生。
10歳の子からすれば、わずか数か月前のことでも、懐かしいと感じる思い出になる。
1枚1枚、懐かしみながら眺めた写真集に、あの白い輝きは掲載されていなかった。
私は配布されたクラス文集を持ち帰る。
「2年間、みんなと過ごせて楽しかったよ。一緒に話をしてくれてありがとう。
ちがうクラスになっちゃう人も、5年生になっても遊ぼうね
かな」
あの子の挨拶が掲載されたページに、私は1枚の写真を挟み込んだ。
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「かんちゃん」のパンチライメージはこちら


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