私立朱鷺留学園:第1話 無能な自分

【シリーズ】私立朱鷺留学園

「先生のクラスはどうなってるんですか?」

職員室のほぼ中央で、学年主任の森田先生から大きな声で怒鳴られる。

「あなたのクラスだけですよ、授業を聞かないだけならまだしも、授業中にあんなにお喋りばっかりするなんて。担任としてどんな教育をしてるんですか」

ちらりと時計を確認する。
そろそろ教室に行かなければ、次の授業開始に遅れてしまう。

「申し訳ありません。生徒たちには注意して参ります」

僕の勤める私立朱鷺留(ときとめ)学園は、周囲を畑に囲まれた田舎の中高一貫校だ。

だが、毎年T大やK大、国公立の医学部に合格者を輩出する進学校であり、地元ではもっとも進学実績が良い。

当然、そこに勤める教員のレベルも高く、有名大学出身者ばかりだ。とはいえ、僕も学歴は悪くない。

T大ではないが、旧帝国大学を卒業している。
でも、学歴と職業能力は別物だ。

はっきり自覚しているが、僕は教員として無能だった。
数学の教員として採用してもらって5年目になるが、これまで一度も高3という受験学年を任せてもらえたことがない。

授業は「わかりにくい」とはっきり生徒アンケートに現れ、クラスをまとめることもできない。
僕の授業では進学校でありながら、お喋りをする生徒が後をたたない。
そんなクラス環境にしてしまったのは、僕が無能だからだろう。

森田先生には毎日のように怒られている。

とは言え、新学年がスタートしてまだ2週間だ。指導も何も、そんなのは1年時の担任の責任だろ。

なぜ僕が怒られなきゃならないのか。
そんなことを思っていた。

チャイムが鳴る。

誰にも聞いてもらえない、憂鬱な授業が始まる。

T大を中心とする難関大を目指す生徒からすれば、僕が授業でしゃべる内容は既知なものばかりなようで、退屈な様子を見せたり、違う科目を内職している。
反対に、まだまだ学力の足りないクラスでは、説明下手の僕の授業は理解してもらえない。
どのクラスの授業にも、僕はマッチしなかった。

今日も・・・・ただ信用を失うだけの1日だったな。こんな僕でも、一応それなりの承認欲求はもっている。捨てれるものなら捨ててしまいたいが、僕から離れてくれない欲求のせいで毎日落ち込みながら帰路につく。

田舎の学校のため、通勤は自家用車だ。

いつもはまっすぐ帰宅するところだが、ビールを切らしていた。通勤経路にあるスーパーの駐車場に車を停める。

スーパーでは、ビールとその他数点のお惣菜をかごに入れ、レジに並ぶ。

!?  

私の前に突如として、70歳ほどの男性が現れた。

先ほどまでは、僕の前で商品をスキャンしている女性しかいなかったはずだ。
だが、彼は突如として「ポン」と現れた。

「支払いが終わったら、少し話さないか?」

彼の言葉に驚き、たじろいだ。
レジの列が進み、僕の番になる。

「ひとまず後程」

とだけ伝えた。

支払いを終えると、男性は私に近づいてくる。

「まずはこれを見てほしい」

そういうと男性はご自身が着けている腕時計のボタンに触れる。

?????

周囲の人たちの動きが止まる。

動いているのは僕たちだけだ。何が起きているのかわからない?

「この時計はボタン一つで自由に時間を
 止めたり再開できる。
 時間を止める前に予め時計に入力して
 おけば、自分と一緒に動作を続けられ物を
 登録することもできる。
 登録はアバウトな情報で足りる。

 現にいま、私はきみについて、
 『目の前のスーツの男性』としか
 入力していない。

 だが、どうだ。
 いま世界中で動けるのは私と君だけだ」

数年前、周囲の全員が一斉に動きを止めて、『時間が止まったのか??」と驚かせるどっきり映像があった。
一瞬そんなことが頭をよぎる。
だが、僕なんかにどっきりをしかけてどうする。意味がない。

「時間を止めていても、自分は動いているので、その分寿命は消費することになるが」

「これを僕に見せて、どうするつもりですか?」

「急に声をかけてすまなかったね。店内で君を見かけた時、若いのにひどく疲れた青年がいると思った。人生の楽しみを持っていない、そんな気がしたんだ。

 実を言うと、私の戸籍上の年齢はまだ60歳なんだ。だが、この時計を使って累計で10年以上の時間を止めた。その結果、同じ世代の人と比べて、自分だけが老けてしまった。私のように使い過ぎるとこのような結果を生むが、一時的に使用するだけなら問題ない。私はこの時計を君に託そうと思ったんだ。」

「この時計を・・・僕に?」

「あぁ。例えば、道路に飛び出して車に轢かれそうな子供がいたとする。

 その時にこの時計を使って、その間に子供を救出すれば、君はヒーローになる」

「僕が・・・ヒーロー」

「さきほど、君の目の前に急に私が現れただろう。あれは離れたところで時間を止め、 その間に君の目の前に移動して、再開した結果なんだ」

さっきの驚きを思い出す。

「もちろん、怪しい用途もあるが、それを咎められる者もいない」

脳裏に、ある考えが浮かぶ。

「その顔を見る限り、なにか一計あるみたいだな。時計を使うか?」

僕は答えるより先に、手を伸ばして時計を受け取った。

「くれぐれも、私のようにはなるなよ」

男性は去っていった。

僕は心の中で・・・

“AVみたいな世界観だ”と、なぜかアダルトな考えを持ってしまっていた。

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