前進

おもらし小説

・・・・どうしたらいいのかな・・・

自分がボソッと口に出した独り言は、強く降りしきる雨音にかき消された。

バス停の屋根が防ぐ雨は、時折、風向きが変わって学生服のズボンを濡らす。

中学までの実績に自分の実力を疑わなかった。

サッカーの活動では地区の選抜メンバーに入っていて、部活中心の生活をしていた。
それでいて、ちょっと勉強するだけで成績もついてきた。

自分ならば何でもできる。

そんな自信をもって飛び込んだ高校生活。最初は順風満帆だった。
県内でも名の通った進学校でありながら、サッカーも県内でベスト8以上は欠かさない有力校で、インターハイや正月の全国大会も狙えるような学校だった。

決して文武別道の学校ではない。

自分たちサッカー部や、有名な女子バレー部の生徒だって毎日他の子たちと一緒に授業を受け、同じ基準での成績処理を受ける。
月に一度は外部模試を受験し、全国の大学進学希望者との戦いも行っている。
そんな学校でありながら、入学直後から目立つことができ、早々にレギュラーになった。

下級生にして試合に出場する自分だったが、自分からレギュラーを奪わられた先輩は、応援してくれて、いつも練習や試合の準備をサポートしてくれた。

でも、

良いことは長く続かないものだ。

もうすぐ先輩たちが卒業する。先輩たちに誇りを持って卒業してほしい中、直前の地区大会で僕らは敗退し、春休みに開かれる県大会にすら出場できなかった。

自分は肝心な試合の中で立て続けにミスを重ねてしまう。敗因は明らかに自分だった。

自分を応援してくれて、多くのサポートをしてくれた先輩にも、顔向けできない。
そのことを引きずってしまい、練習でも精彩を欠いた。
先週の練習試合では、とうとう後輩にポジションを譲ってしまった。

そして、今日のこと。

明日から学年末試験が始まるが、その直前にして、1ヵ月前に受験した模試の結果が返ってきた。

●●大学 E判定

手ごたえのない試験ではあったが、第2志望の大学までもE判定をとったのは初めてだった。

大学にはサッカーの推薦で進学できるつもりでいた。
でも、レギュラーを追われ、第2志望の大学にすら学力でも入れそうにない。

自分の将来に希望が持てなくなり、溜息をつきながらバス停に立っていた。

道路を挟んだ向かいのバス停には、多くの生徒が駅に向かうバスを待っている。

普段はたまたま家が近所で普段自転車通学をしている僕は、ひとりだけ反対方向に向かうバスを待つ。

明日から試験があることと、この雨もあり、今日の部活は中止となっていた。こちら方面に帰る人がこんなにもいないことかと初めて知った。

バスの乗車時刻はとっくに定刻を過ぎている。
これだけの大雨だ。
送れることは多少は想定していた。

バスを待つ僕の方に、近くの小学生に通っていると思われる二人の子供が歩いてきた。

ふたりとも赤っぽいランドセルを背負っていることから女の子だと思う。

僕らが小学生の時は男は黒、女は赤と指定されていたが、今のこどもたちは水色や紫とといった様々な色のランドセルを使っている。たった数年の間で、大きく変わるものだ。

彼女たちが徐々に近づいてくる。

片方の女の子は少女向け雑誌の表紙に出るような服装で、おしゃれに目覚めているようだった。

もう片方の子は、白Tシャツにカーキーのすね丈くらいまでのズボン。シンプルな格好だった。

見た感じ5年生から6年生くらいだろうか。

こちらに向かってくる女の子たち。

僕から見て右側の、シンプルな服装の女の子の様子がおかしいことに気づいた。

右手は傘を持っているが、左手はしきりに彼女の股間に向かっている。
まっすぐ歩いてるつもりかもしれないが、内股になったり、へっぴり腰のようになったり、落ち着きがない。

おしっこ、我慢してるんだろうな。

彼女の様子を見れば、誰もが直感的にそう捉えるだろう。

女の子たちは歩みを止めなかった。

彼女が歩みをとめないまま、左手は股間に当てられる。

彼女たちと自分の距離が、5メートルくらいまで近づいた。

例の女の子が、とうとう歩みを止めた。

押さえていた左手は股間から離れ、がに股となる。

彼女はずっと自分の足元を眺めている。

女の子の股間は、カーキがより濃い緑に変わっていく。

ズボンの裾から流れ落ちてくるおしっこは、足元で雨と混ざり合いながら、新しい水たまりを作っていく。

おもらしをしている女の子が、顔をあげた。

もう一人の女の子に、照れた顔を見せ、

「漏れちゃった~」

と言いながら、やや笑っている。

その笑いは強がりかもしれないが、自分が知っているようなおもらしから生じる悲壮感ではなかった。

おしゃれな方の女の子は、少しおろおろとしているが、おもらしをした当の本人が

「ほら~、こんなになっちゃった~」

とズボンの変色した部分を指さしながら、おしゃれな子におもらしをアピールする。

うそか本当かわからないが

「はずかし~」

と言いながら、自分の後ろを通過していく。

もうしばらく彼女の様子を見ていたが、おしっこに濡れた靴をごまかすためか、自らすすんで道路にできていた水たまりを踏むように歩いているように見えた。

低学年の女の子ではない。

そうなれば、“おもらし”というのは耐えがたい恥ではないだろうか。

自分が小学3年生だった時、授業中の教室で漏らしてしまった子がいたが、彼女は自分で椅子から立ち上がれず、両手で顔を覆いながら号泣していた。

だが、さきほどの女の子は、おもらしという大失態を犯しながらも前進していた。

そうだ。

たとえ“大失敗”と周りからも悲観されるようなことでも、自分の受け止め方次第で、また前に歩みを進めることはできるんだ。

レギュラーを取られても、学業成績が伴わなくても、それは現時点での話でしかない。

前を見れば、自分の歩みを阻害する水たまりがあるかもしれない。

でも、その目の前の水たまりは自分の過去を洗い流してくれるかもしれない。

自分も、前に進もう。

昨日までとは違う景色を見よう。

傘をさし、バス停を後にして歩き出した。

さっきまでの悲壮感は、もうなかった。

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