寄せ書き

パンチラ(単発)小説

歩美との出会いは小学5年生の時だった。
クラスの先頭に並ぶほど背は低い。でも、勉強ができて、それでいて体育の授業もアクティブに参加する。休み時間になれば積極的にボールを持ってグランドに出ていく。
放課後はすぐに帰宅して、友だちの家や公園、学校のグランドで時間いっぱいまで遊ぶ。
僕と歩美には共通点が多かった。
だが、それは欠点も同様だった。
いつも一言多かった僕は、低学年のころから本来なら不要なはずの喧嘩を頻発していた。自分では間違った発言をしているつもりはないし、後々冷静になって考えても正しいことを言っている。間違っているのは、それを述べているタイミングの方だ。
だが、幼かった当時の僕はそのことに気づいていなかった。
週に一度は誰かしらと口喧嘩をしていた僕。
その影に隠れて、歩美は女子の間で嫌われるようになっていた。僕の口喧嘩は不思議と後に引かないものだったみたいで、喧嘩をしても翌日には喧嘩相手と楽しく遊ぶことができていた。これは、周囲の子に本当に恵まれていたのだろうと本当に感じている。
だが、歩美は違った。
女の子の間で起こるいざこざというのは長引きやすい。次第に教室の中で女の子たちは歩美から距離をとるようになっていて、必然的に歩美は僕ら男子と一緒に遊ぶ機会が増えていった。

小学4年生の冬の日のこと。
連日降り続いた雪が止み、その日の体育の時間はみんなで長距離走を行っていた。球技や短距離走は得意だったが長距離走は苦手だった僕だが、小学生らしく真面目に全力で走り切った。ゴール地点の少し隣りで、地面にお尻をつけてぜぇぜぇと息を上げている僕。ほぼ同時にゴールした美波と夏樹も同様に僕の側に同じ体制で座り込んだ。

「きつかったー」「あー、苦しい」

そんな言葉を口にしているものの、ふたりとも完走した達成感から充実した笑顔を見せている。だが、その笑顔以上に僕の目を引き付けるものがあった。
地面にお尻をつけるように座り込んだ美波と夏樹は、体育座りに近い体勢だった。
はぁはぁとした呼吸に合わせて上半身も上下に揺れているが、下半身は固定されている。
美波は真っ白の、夏樹は淡い桜色のパンツを短パンの隙間から覗かせた状態のまま。
漫画やアニメのワンシーンなどから、女の子のパンツが見えることはエッチなことだという認識は持っていた。それでも、クラスメイトのパンツが見えるということはそれまでに何度も経験していたが、なんとも思っていなかった。
だが、久しぶりに女の子のパンツが見えたからだろうか。
それとも、美波の真っ白なパンツが輝いて見えたからだろうか。
もしかすると、夏樹の桜色のパンツがとても柔らかそうに感じたからだろうか。
ふたり揃ってパンツが見えていたからかもしれない。
いずれの理由にしても、僕は生まれて初めて、女の子のパンチラに特別な感情を持ってしまった。
女の子のパンツを見て、生まれて初めて股間を固くしてしまった。
それ以来、僕は何とかして女の子のパンツが見たいと思いながら学校生活を過ごすようになっていた。
その思いは5年生に進級するとよりエスカレートした。
記憶だけでは心もとなかった僕は、誰の、どんなパンツが見えたかを記録するようにもなっていた。制服ではない僕の学校では、女の子の服装もスカートの子もいればズボンの子もいた。スカートの子は普通に学校生活を過ごすだけでもパンチラしてくれる子もいたが、ズボンルックスの子はそうはいかない。ズボンユーザーの彼女たちのパンチラを狙うのは、もっぱら体育の時間だった。
卒業までの体の成長を考慮して購入・着用された体操服。多くの子はそのサイズが体の実寸よりも若干大きいものだった。僕だってそうだ。いつ体が大きくなるかわからないからと親に言われてき続けている体操服は、いつも“前へ倣え”で先頭の基準になっている僕にはぶかぶかだ。
だが、僕以外にそういう子は多く、あのときの美波や夏樹のように、短パンの隙間からパンツを見せてくれる子も少なくはなかった。
それにもかかわらず、僕は歩美のパンチラには一向に遭遇できないことに悶々としていた。
スカートルックスが好きだった歩美。
スカートの下にはいつも体操服の短パンを履いていた。
人よりも体の小さい歩美だ。普通に考えれば短パンと足の隙間は他の子よりも大きなものになってもおかしくないはずだ。だが、なぜか歩美の履く短パンは彼女の体のサイズにしっかりとフィットしており、いくら角度を変えて覗き込んでも、太ももの奥までは見えてもお目当ての布だけは見えることはなかった。

なんで?
体は他の女の子よりも小さいのに・・・・。
太ももは他の女の子よりも細いのに・・・・。
他の女の子よりも・・・・一緒に遊ぶ時間が長いのに・・・・。

僕の悶々とした欲求は、結局満たされることのないまま、小学校を卒業してしまった。

歩美と僕が再会したのは先月のことだった。
最後の大会に負けて部活を引退し、朝練に出る必要がなくなった。
それと同時に、小4の頃から約9年間打ち込んできた“甲子園出場”という夢がかなわず、燃え尽きた僕はダラダラと過ごしてしまっていた。
一応レギュラー選手ではあったが目立った特徴もなかったため、地元の大学や企業からスカウトの声がかかることもなかった。もちろんプロなんてとんでもない話だ。

いつまでも・・・このままじゃダメだ。
10月になってやっと踏ん切りがついた。
少しだけ長かったと思うが、時間の経過が解決してくれた。
次は・・・大学に進学して、いい会社に就職する!
そのためには勉強だ!
今は何よりも、すぐに行動に移すべきだ!!!
決心した僕は、いつもより1時間も早く起床して学校に向かった。

人の気配がしない学校。
階段を登って廊下に差し掛かった一番手前が僕の所属するクラスの教室だ。
集中して勉強に臨みたい。でも、実質的に同学年の全生徒がこの教室の前を通り過ぎることになるため、集中を乱される可能性がある。この廊下にある一番奥の教室は空き教室だ。
一度自分の席についてカバンの中から必要なものを取り出し、目的の教室を目指した。

5組・・・4組・・・3組・・・・。

ズイズイと奥の教室に向かって足を進める。

2組・・・?

2組の教室の前まで差し掛かったところで、1組の教室にすでに明かりが灯っていることに気が付いた。1組は文系の特進クラス。やっぱり勉強熱心な子がいるんだなと改めて感心した。1組の廊下の前を通り過ぎようとしたときにちらっと教室の中に目をやった。

教室内ではひとりの女子生徒が英単語帳とにらめっこをしている。

・・・・歩美。

同じ高校に進学したことは知っていたし、何度かは廊下ですれ違ったり集会の時に体育館の中で見かけたりもしていた。
だが、中学のころから6年間、一度も同じクラスになることはなく、この6年間で僕らの間には一切のコミュニケーションはなかった。

ふと見かけた旧友。
他には誰もいない空間。
心臓が“トクン”と鳴ったのを感じた。
久しぶりに話しをしたい。
久しぶりに歩美と関わりたい。
でも、なにをきっかけの話題にしたらいい?
いきなり声をかけても唐突すぎる。
いくら小学生の頃から知ってるとはいえ、不審者扱いされないか?

結局、勇気の出なかった僕は、そのまま教室の前を通り過ぎて隣りの空き教室に入った。

少し・・・風を浴びたいな。。。

歩美が手にしていたのと同じ英単語帳を持ってベランダに出ると、そのまま窓枠下の壁を背もたれにして座り込んだ。朝の冷たい風は通学時よりも少し冷たく、また少し強く感じた。
英単語と日本語訳をぶつぶつとつぶやきながら頭にインプットしていく。
どこかさみしいような、情けないような。そんなモヤモヤした気持ちは英単語ではごまかせていなかった。

せっかく早く登校したのにな・・・。

歩美の顔を見てしまってから、頭の中には幼かったころに一緒に過ごしてきたいくつもの場面がフラッシュバックされる。

女の子の輪に加われなくなった歩美。
時折、寂しそうな表情を見せるもののそれをごまかすような笑顔を作っていた歩美。笑顔のときでも落ち込んでいるような様子は見え隠れえしていた。
卒業式が終わったのちに配布されたアルバム。僕の寄せ書きのページの右下に、小さな文字で「ずっと近くにいてね」と歩美の文字で書かれていたことを思い出した。開いた英単語帳に描かれた言葉は、頭の中で記憶の片隅に置いていた歩美のあの言葉にかき消されていた。

カラカラカラ

隣りの教室の扉が開く音がした。
両手を天に伸ばして背伸びをしながら歩美がベランダに姿を見せた。
その体は18歳の女性としてはかなり小さい。150㎝にも満たないだろう。
ベランダに出てくるなり、歩美は手すりに両腕の肘を乗せ、そのまま両手で頬杖をつきながら遠くの景色を眺めている。
僕がベランダにいることには一切きづいていないようだ。

冷たい風が歩美の履くひざ丈のスカートを大きく揺らし続ける。
僕の座っている位置からは、歩美の斜め後ろからの姿しか見ることはできない。どんな表情をしているのかはまったくわからない。
だが、少なくとも大きく揺れるスカートのことは気にも留めていないようだ。

あのころ、僕は歩美のパンツが見れないことに悶々としていた。いくら角度を変えてのぞき込んでも、短パンの奥には太ももまでしかみえず、お目当ての布を僕の目が捉えることはなかった。

そのお目当てだった布が、高校卒業が近くなった今、僕の目の前で明らかになった。もちろん、小5~6当時に穿いていたものを今も身に着けているというわけではないだろう。
だが、いま僕の目の前に見えたのは、まぎれもなく歩美のパンツだ。

あれから6~7年が経過した。

歩美はスカートの下に短パンを履かない子になっていた。

風によって大きく揺れた歩美のスカートは、僕の視界に歩美の下半身のすべてを披露してくれた。

淡い水色で柔らかそうな綿の生地。

その水色の生地には何かの模様が伺える。

風は何度も、何度も歩美のスカートを捲り上げる。

そして、その回数が重なるにつれて、水色の生地には紺色の小さなハートと、何かしらの英単語である文字イラストの模様であることが明らかになった。

初めて見ることができた歩美のパンツは、当時、小学生だった僕が記したパンチラ記録にも残されているような可愛らしいパンツだった。

18歳となった歩美は幼い子が穿くような、可愛いパンツを穿いてるなんて・・・。

歩美・・・・

手すりから腕を離した歩美が、もう一度天に向かって手を伸ばして背伸びをする。休憩が終わった合図だろうか。その姿を視認した僕は、慌てて単語帳に目を移す。
教室の方を振り返った歩美。振り向いた直後にびくっと驚くような仕草をとった気がした。やっぱり、僕がいることには気が付いていなかったんだな。単語帳に目を向けたまま、歩美には気づいていないフリを続けた。

2秒だろうか。3秒だろうか。
10秒にも20秒にも感じたが、僕を視認した歩美は少しの間その場で身動きをとらなかったが、そのまま教室の中に戻ってしまった。

3月1日の天気は、僕の心情をそのまま映しているかのようだった。
結果発表はまだだが、手ごたえとして第一志望の大学に合格しているとはとても思えない。滑り止めの大学だけが、唯一の合格だった。クラスメイトの中には希望通りの進路を実現した子も少なくはない。比較的明るい雰囲気の教室の中で、劣等感を覚えていた。

まぁ・・・ここにいる人たちとも、今日でお別れだから・・・。

それに、結局は頑張り切れなかった自分が悪い。

もっと早くから取り掛かっていれば、もっと集中して取り掛かっていれば結果は違ったのかもしれない。
いま、笑顔を見せている子たちは相応のことをしてきた。努力の姿はクラスメイトとして僕も見てきている。

今後は・・・どうしようかな・・・

屋根に打ち付ける雨音が響く体育館で卒業式は進行されていく。
卒業生の答辞を述べるのは歩美だった。
歩美は東京の有名な私立大学への進学も決まっていると噂されていた。
国公立大志望者は卒業式の直前まで入試があるためこのような答辞の候補からは外れる。答辞を任されていることで、やっぱり、東京に行くという噂は本当なんだなと悟った。

歩美の口から語られるひとつひとつの出来事は、実体験として僕の頭の中にも蘇ってくる。
プロ野球選手という夢をあきらめたのが高1のときだった。
自分の力では野球での進学も就職もできないと悟ったのは高3の春だった。

高3の秋以降は勉強にも取り組んだが、結果は芳しくない。

挫折続きの3年間だ。
人によっては、挫折したことはやり直したくない、思い出したくないと考えるところかもしれない。

でも、僕はやり直したかった。

もう一度、しっかりと挑戦したい。

自分にはやり残したことがあるとはっきりと自覚した。

万感の拍手を受けて下段する歩美。

その表情は晴れやかなものだった。

卒業式が終わり、担任からの言葉を受けた教室には、最後の交流を楽しむクラスメイト達の姿がある。

その姿を目に焼き付けて、僕はすぐに1組に向かった。

国公立後期試験に向けて勉強を続ける人も少なくない1組は、卒業式が終わったのちは早々に解散していた。

教室に残る数名の生徒。その中には、感動的なスピーチをした歩美の姿があった。

「歩美・・・ひさしぶり・・・だね」

「・・・え?うん、え?どうしたの?」

急な声掛けに歩美も、歩美の近くにいた女の子たちも驚いた様子だ。

「歩美・・・東京に行くんだよな?」

「うん・・・・」

続く言葉は歩美の口からは出てこない。

唐突な問いかけは賢い人をも混乱させてしまうのだろう。

「俺、地元の大学しか合格してないんだ・・・」

「え?そ、そうなんだね・・・」

聞いてもいないことをいきなり勝手に語りだした僕に、歩美は困ったような反応を見せる。

「これ・・・・覚えてる?」

僕が取り出したスマホ。

「これ?・・・って・・・・・」

困惑していた歩美。

だが、その瞳に少しずつ涙がたまっていく。

画面には、小学校の卒業アルバムに歩美が書いてくれた寄せ書きが映っていた。

「あのときの約束をまだ果たしてないんだ」

目に涙を浮かべたまま、右手で自らの口をふさぎながら歩美が二度、三度と首を縦に振る。

「俺、浪人しようと思ってる。俺も東京の大学を目指したいんだ」

歩美はうるうるとした目でまっすぐに僕のことを見てくれている。

「時間はかかるかもしれないけど、東京の大学に合格したら、その時は、この約束を」

急に歩美の左手が伸びて僕の口をふさいだ。

ダメか・・・。

「その時は・・・・・その時がきたら、今の続きを聞かせて欲しいな」

歩美の目から一筋の雫が零れ落ちる。

それでも歩美の顔は笑っている。

「頑張るから・・・」

「結果が出たらお父さんとお母さんの次に、私に教えてよね」

小学生の頃から、歩美に対しては悶々とした気持ちを残していた。

それが自分にとっての初恋であり、絶対に妥協したくないものなんだということこも自覚した。

小学生の卒業式の日に交わした約束を守るために、僕らは今日、新しい約束を交わした。

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